【沈黙して交わす語り得ぬもの】握手で交わす義父との会話

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両手で握手(写真=PhotoAC

義父は都内で小さな会社を経営していた。システムエンジニア(SE)だ。70歳になって会社をたたんだので、義母とのんびり暮らすのだと思っていた。ところが、情報処理系の国家資格の試験勉強を始めていた。現役復活をひそかに計画している。

義父は高校卒業後、早稲田大学に合格していた。しかし、家の都合で進学はしなかったという。もともと地頭がよいので、はっきりした意思をもって話をする。一方、私は東北なまりでのんびり話すものだから、会話テンポが違った。義父は私と話をしていると、どうもイライラしてくるようだった。

一方、妻は義父と気質がそっくりだ。会話のテンポも同じで、二人の話っぷりはマシンガンのようである。 私はかたわらで二人の会話をうなずきながら聞く。

おととしは阿佐ヶ谷のうなぎ屋で、1年前は同地の定食屋で、半年前は中野坂上の美術展で義父と会った。やはり、義父と妻はしみじみと語り合っていた。

私は義父と会話らしい会話をあまりしない。しかし、別れ際は必ず握手をする。彼はするどいまなざしで私の目をのぞき込み、手をぎゅっと握ってほほ笑む。そのメッセージは明白だった。「大事な娘をしっかりたのむぞ」である。私は「まかせてください」と目で答えるのだった。

沈黙して交わす語り得ぬもの。目で会話を交わせば東北なまりも問題にならない。過去のそんなやりとりを思い出していた。