【三浦綾子「新約聖書入門」】ぶっきらぼうなイエスの系図もドラマチックに見えてくる

三浦綾子 電子全集 新約聖書入門 ―心の糧を求める人へ

キリスト者だけが聖書を読むわけではありません。文学や、哲学、はてはこの近代社会のなりたちを理解するうえでも、聖書読解は教養として役立ちます。さて、聖書を読み解く一番の参考書は、聖書自体とも言われます。

聖書の解説書はいろいろある。が、聖書の最もよい解説書は聖書自身であるといわれている。

出典:三浦綾子 電子全集 新約聖書入門 ―心の糧を求める人へ

とはいっても、たとえば、「マタイによる福音書」はイエスの系図の話からぶっきらぼうに始まります。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、アラムはアミナダブを…(略)」といった具合です。これを前知識なしで、いきなり読むのは、つらいものがあります。

三浦綾子のやさしい口調の解説は、初心者の読書をおおいに助けてくれます。一見、無味乾燥の系図にすら、ドラマチックな意味を読み取れるというから驚きました。

イエス・キリストの系図には必ずしも聖なる人々だけが登場しているのではない。かえって、ユダヤ人の嫌った外国の女、姦通をした男女、遊女などを際立たせるようにして書いてある。これはつまり、キリスト教の思想を端的に現わしている。すなわち人間に対する無差別、平等の思想の現われである。

出典:三浦綾子 電子全集 新約聖書入門 ―心の糧を求める人へ

このように、良き先生や注釈書との出会いの大切さに気づかされます。当時の時代背景にも触れられており、時代の暴君たちの逸話も興味深いです。

ネロはローマの街を焼き払った。それはなぜか。古びたローマの街を、新建築で目に快い街に造り変えたかったからだ。ごうごうたる批難がネロの身にふりかかった。彼はその批難から身をかわすために、放火の罪をキリスト教徒になすりつけた。

出典:三浦綾子 電子全集 新約聖書入門 ―心の糧を求める人へ

世界を見渡せば、常に暴君が存在する。生きることは、つねに困難さを伴う。という意味では、2000年を経たいまでも、困難を勇気をもって生き抜くヒントを与えてくれるのかもしれません。

木村邦彦

某メディアの編集制作をしています。妻と二人暮らしの兼業主夫でもあり、実生活の充実も大切にしてます。最近はまっているのは、禅関連の読書。(さらに詳しい自己紹介

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